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2010年4月 1日 (木)

偉大なものには気付かない

 6月末、私の叔父が急逝した。死因は心筋梗塞であった。小さい頃、よく面倒を見てもらった叔父だけに忙しい時期だったのだがお通夜に参列した。仙台まで新幹線を利用して向かった。叔父のことを思いだしながら、あっという間の2時間を過ごした。その通夜での話しである。

 当然のごとく、和尚さんによるお経が始まった。約20分後ぐらいから、お焼香も始まった。参列者ほぼ全員のお焼香が終了した時に、和尚さんの説法が始まってしまった。私自身、お通夜で説法を聴くのは初めての体験であり、少し複雑な想いもあった。しかし、和尚さんの話しには気持ちとは裏腹に引き込まれるものがあった。その中のひとつに「本当に偉大過ぎる、物事、現象、人に対して、人は偉大さ・素晴らしさを感じない。」という話しである。
 例えば、空(宇宙)、地球、季節の変化、真の偉大な人の近くにいるのに気付かない等々。私はこの話しを聴き、真の偉大さとは身近にあることなのだということと、今、自分なりに偉大と感じているものが本物なのかを考えてしまった。真の偉大なものに対しての感謝の念を忘れていたのかも知れない。

 「偉大なものとは、自然なもの」が私の結論。無理して偉大になろうとすることはやめようと思う。
最近、少しリキんでいたように反省した。何か叔父が言ってるように思えたから。

July 11, 2007

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