« スカイプ説明会 | トップページ | 人間ドック »

2011年10月 5日 (水)

私の理想の学校創り3

 今回は担任について語ってみたい。

 私がそうであったように「教師を目指す者」は「担任を目指す」とずーっと思っていた。まずは生徒、そして親との関わりが楽しいと思えるからである。

 私は担任時代、イメージ通りの生徒との関わりを持つことができたし、親との喧嘩もかなりやってきた。親との喧嘩は双方とも子どもを思う気持ちから発生することであり、最後には解り合える自信をいつも持っていた。そして、解り合えたその瞬間が教師になって良かったと思える時でもあった。

 ところが最近の教師たちは少し違う。

 担任を持たなくてもいいぐらいに思ってる教師が存在している。庇うわけではないが、決して生徒が嫌いなわけではない。残念ながら、その理由として親との関わりを嫌ってしまう場合が多く、苦痛にまで感じてしまう教師が少なくないようだ。

 最近、私は若手の先生方に担任の楽しみ方を伝えていく必要性を感じ、実践していこうと思ってる。教師として授業は楽しいがその他諸々はちょっと。という若手にしっかり担任としての楽しさを伝えていく義務さえ感じている。努力したい。

 さて、私が考える担任の話は、熱い気持ちを持った教師たちであることは前提である。

 まず、生徒たちには国際感覚の優れた人間へ成長させたい想いから、日本人に限らない生徒募集を行う。そして、担任(教師)も同様に多国籍に集めたい。勿論、日本人が主流であることには違いないが。

 例えば、2人制の担任とし1人は日本人教師で、プラス1人を1組担任はアメリカ人、2組担任は中国人、3組担任はフランス人というようなスタイルを目指したい。人件費面を考えると大変さもあるが何か工夫していきたい。

 あとは担任と同レベルでのカウンセラー、養護教諭の充実は特に実現させたい。

 実はもうひとつある。

 私の真剣な考えである。明るく理解していただきたい。

 それは表現が難しいのであえて「女性的な男性」と言っておく。

 私は彼らの能力の高さにいつも驚かされている。「明るさ」「発想」「表現力」「説得力」に優れていると思ってしまう。教師(担任)に向いているように思っている。

 彼らが教師への道に進んでくれたなら、新しい「何か」を生み出してくれるようにも私は思う。別に難しい話ではないと思うが、やっぱり難しいのかなあ?

|

« スカイプ説明会 | トップページ | 人間ドック »

学校について」カテゴリの記事

コメント

ご存知かもしれませんが、インドには「ヒジュラ」と言う、カーストからも外れた存在があるそうです。

タテマエでは両性具有とされている「彼女」(敢えて、こう書かせて頂きます)たちは、穢れた存在ではありますけど、時として「聖なる」存在にもなるそうです。

世の中から蔑まれ、日常では差別され、社会の「底辺」にすら身を置けない。そして、ひとびとの穢れを一身に受ける。

だからこそ、「聖なる」存在にもなれるのだと、ヒジュラに関する書物を読んだときに感じました。

佐藤先生の発想、素敵だと思います。

投稿: かずな | 2011年10月 8日 (土) 00時04分

かずなさま

 「ヒジュラ」の話、知りませんでした。やっぱりというか、多分、彼女たちは「何か」を持ってるんだと思います。
 有難うございます。この話を知り、得した気分です。

投稿: 佐藤康 | 2011年10月 8日 (土) 11時15分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 私の理想の学校創り3:

« スカイプ説明会 | トップページ | 人間ドック »