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2012年6月

2012年6月26日 (火)

リソー教育宮下先生を偲ぶ

 株式会社リソー教育社長の宮下先生が今月20日(水)朝5時過ぎに亡くなった。

 突然の訃報であった。享年58歳。まだまだ若い。残念。悔しい。

 実は不思議なことがある。

 20日(金)何も知らない私はリソー教育本部にアポ無しで訪問してしまったのだ。

 11時ぐらいに訪問したのだが、勿論宮下先生には会えず、別の先生を呼び出していただこうとしたが秘書の方が出てこられ、社長も別の先生も緊急会議中とのこと、渡すべき資料だけを秘書さんに託しリソー教育をあとにした。

 一瞬、緊急会議などそんなにあるものでもないと思いながらもあまり気にすることもなく、学校に戻った。

 その後、午後4時半ぐらいに株式会社リソー教育の宮下社長急逝のプレス発表があった。

 私はリソー教育の先生から電話で急逝の知らせを聞いた。その先生に午前中訪問した旨を伝えたところ、私が訪問した理由が宮下社長が急逝したことを知った上で来たのかと思い、リソー教育の人たちもかなり驚いていたらしい。そして、本当に知らずに来たことを後で知り、2度ビックリだったらしい。ホントに不思議である。

 宮下先生とアポも取らず訪問したのは25年の付き合いの中で初めてのことだったのである。

 きっと「呼ばれた」のだと思う。嬉しい気もするが、とても辛かった。

 28年前、東京マンツーマンスクールからスタートし、あっという間にトーマスとして大手塾の仲間入り、そして東証1部上場。素晴らしい勢いだったし、今も順調に成長を続けている。

 私立学校の教師と塾の先生との間柄というより、友人としての付き合いだった。

 言葉少ないが、何となく気の合う人だった。二人でいると居心地良さを私は感じていた。

 思い出されることがもうひとつ。

 4年前の北京オリンピック、私は中村美里の応援で北京に向かう準備に入った頃、突然宮下先生から電話が入り、奥さまと当時小学6年生の息子さんを一緒に北京に連れて行ってほしいという内容であった。宮下先生も行きたかったらしいが、仕事でダメだった。今考えると強引に連れて行けば良かったと思ってる。

 先生の死はどう考えても残念でならないが、私は宮下先生の分まで長生きして「夢」を追い続けていくことにした。先生への「恩返し」とも思ってる。

 先生、ずっと佐藤を見守ってください!かならず、結果を出し報告します。

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2012年6月20日 (水)

順調だぜ!クストファー中高

 先週土曜日(16日)、浜松のクリストファー中高に行ってきた。学校盛り上げの応援をしてきて今年10月で丸2年となる。とにかく中学校の生徒数を増やしていきたい。そのためには学校でのイベントに多くの受験候補者に来てもらいたいのである。

 今回は今年度第1回目のオープンスクール。

 昨年は約30組の親子の参加だった。それに対して今回は当日の飛び込み参加も含め、約130名の参加となった。賑やかな雰囲気があり、活気もあった。私の求めるイメージが初めて実現できた。嬉しい!

 こんな状況を作れた理由は、まずクリストファー中高の教師が諦めず募集活動を継続してきたことにある。それから、在校生の親御さんたちの広報活動に参加してくれたことだと思う。

 実は先月、学校を愛してくれている在校生の親御さんたちへ私の講演の中で、広報活動協力をお願いしておいた。クリストファー中高がどれだけ素晴らしい学校であることと、これからもっともっと良い学校へと変貌していくことを訴えてほしいと。

 本当に良い雰囲気を感じた。渋渋が「変わると感じた時」に近い感触であった。

 受験生の親御さんたちに接している教師の笑顔にもこれまでとは何か違いが出てきた。

 第2回のオープンスクールや説明会が楽しみになってきた。学校が変化していくことを肌で感じる瞬間でもあった。

 結果、受験生が増え、入学生も増えていくだろう。

 次回までも油断することなく、教師・生徒・親御さんの協力を得てイベントまで全力でぶつかりたい。来校してくれた方々を大事に心こめて対応していきたい。

 かならず、クリストファー中高が変わることを信じて前進したい。

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2012年6月14日 (木)

タバコ

 私は、ちょうど4年前にタバコを止めた。中村美里が北京オリンピック出場を決めた時である。こんな言い方をするとかっこいいだろうなあと思いながら、言ってみた。

 実は止めた一番の理由が、喫煙場所を探すことへのストレスである。特に海外への出張・旅行も多くなり、飛行機内での我慢も辛いものと感じていた。そしてタバコ吸う場所の少なさ、吸ってる人たちへの周り人の視線。本当に厳しいですね。

 そんな時、天から禁煙の神が舞い降りた。本当に不思議な話だが、突然タバコが止められると思ったのである。止めようではなく、止められるである。まだ封を切って間もないタバコをそのままゴミ箱へ捨てた。それ以来1本も吸っていない。そして4年が過ぎた。

 今日はタバコを止めた自慢話ではない。

 タバコを吸う人たちのマナーの話である。

 私が吸っていた頃、最も安心して周りを気にすることもなく吸える場所はクルマの中であった。吸う人みんながそう思ってるはずだ。たとえクルマの中がタバコ臭くなっても自分のクルマであれば、文句なし。

 最近、私が気になるのは、クルマで移動中そして信号待ちをしている時、停車している前クルマの運転手の喫煙マナーついてである。

 まず窓を開け、外に出している右手にはタバコ、吸うたびに右手はクルマの中へ。

 信号が青になり、発進直前にタバコはその右手から道路へ放たれる。後ろのクルマはビックリ。さすがに走行中にタバコを窓から放つ奴は少ないと思うが、いや思いたいが道路に捨てる奴が多いのは、残念ながら確かである。

 最近多いと感じるのはなぜだろう。

 これは私の想像。

 実はクルマの中を家族には禁煙と宣言している。あるいは会社のクルマであれば、当然禁煙車。そんな状況下でタバコを吸うわけだから、灰皿なし、吸いがらの捨て場所なしが原因ではないかと思う。

 みなさまはどう感じるだろうか?

 決して私は過去に吸っていた人間として、タバコを全面否定していない。「百害あって一利ぐらいはあるかな。」と思ってる。タバコ仲間は絆が強い。コミニュケーション手段としては良いものがあるかも。

 でもマナー・モラルは別だろう、という話。

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2012年6月 9日 (土)

渋渋体育祭

 昨日(8日)は渋渋のスポーツフェスティバルだった。スポーツフェスティバルは和製英語。プロ野球ナイターも和製英語。ついでに食べ放題レストランのバイキング(和製英語)も海外では意味が通じない。最近、日本人観光客が多い地域では通じるらしいが。ちょいと横道に逸れたので話を戻したい。

 快晴の下、毎年代々木公園内にある織田フィールドという公認のグランドを貸し切っての開催。本当に暑かった。日射病や熱中症対策として、昨年まで以上にテントの数を増やし日蔭を作った。かなりの効果があったように思えた。

 私の役割は体育教師でありながら、ちょっと言い訳だが入試の仕事で外にでることが多いため、事前準備をしっかり手伝うことができない。なので当日の場内入口の警備と怪我や体調を崩した生徒を病院に連れて行く、救急隊の仕事を自ら進んで行っている。今年は場内への不審者ゼロ、病院2往復だった。少しだけ役に立ったようだ。正直、私が暇であることがいいのだが、まったく何もないと仕事をしてないようにも思え、ちょっと複雑。誤解のないように一応言っておくが、怪我することを祈っているわけではない。

 本当に大きな事故もなく無事終了。

 スポフェの中身だが、17回目にもなると工夫した種目も多い。競争だけではない楽しい競技を考えだしている。ぜひ来年観に来ていただきだたい。実際に確認してほしい。

 といっても一番盛り上がるのは色別リレーだ。学年を越えた戦いに生徒たちは違った仲間意識を感じるようである。先輩・後輩たちの関わりも生まれるのはこんな時かも知れない。そして子どもたちの笑顔が輝き、悔しがる表情もいい!

 学校行事の大切さは事前の準備であり、後片付けでもある。事前準備がしっかりしてれば、その行事は成功。後片付けがうまく行けば、来年に繋がる。そんな気がする。

 大げさかも知れないが教師であって良かった思う時である。

 成績発表の次の瞬間から、子どもたちの気持ちは文化祭に切り替わった。

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