「厳しさ」と「イジメ」の混同
私は小さい時から、野球と柔道を(少しだけ)夢中になってやってきた人間だ。当然、色々な指導者と出逢った。
誰からも「厳しい人」と言われる多くの指導者とも接してきた。
「厳しさ」とは何ぞや?
それは妥協せず自己の夢や目標の実現を目指し、努力することと私は思う。
つまり、「厳しさ」とは自分のために自分自身に対してのものだと思ってる。
ゆえに指導者側の「厳しさ」とは、生徒や選手の考え・気持ちというものを尊重した上で実践していくべきだと私は思ってる。
「厳しさ」とは妥協しないこと、頑固なこと、自ら苦しいことに立ち向かうこと等々になるだろう。
これらのことを指導者側が生徒・選手に強要させることは「厳しさ」ではなく、「イジメ」になってしまうことが普通に起こっている。指導者側が「厳しさ」とは「苦しさ」を与えることと勘違いしてしまうと悲劇が生まれる。
昔は「水を飲んでいけない」・「理不尽な理由で正座2時間」・「うさぎ跳び」を1キロとか、「厳しさ」という「イジメ」があったように思う。
「厳しさ」と「イジメ」は確かに紙一重の部分はあるかも知れないが、指導者が「イジメ」になっている状況に気づいていない可能性もある。
特に(私も体育教師であるが)体育教師は「本当の厳しさ」について考える必要性を感じる。「イジメ」ではない、「本当の厳しさ」を子どもたちに伝えてほしい。
親たちも子どもたちに対して、八方ふさがりの叱り方をしていないか、考えてほしい。
「叱ること」が「厳しさ」ではないことも知ってほしい。
逃げ道を作って叱ることが大事だと私は思う。
間違った「厳しさ」が「イジメ」を生み出している可能性もあるのだ。
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コメント
全く以て賛同しました。
それを子供に理解させるコミュニケーションの大切さを痛感します。
投稿: 渋々受験希望母 | 2012年7月13日 (金) 00時34分
渋渋受験希望母さま
コメント有難うございます。
教師・親・子どもたちの周りにいる大人すべてが、気づかぬうちに「イジメ」に関わってしまうことがあるかも、を知るべきだと考えています。
子どもはいつも大人を見ているから。
特に教師の責任は大きいと思ってます。
投稿: 佐藤康 | 2012年7月13日 (金) 11時36分
今年度よりお世話になっております。
入学して四ヶ月ほどたちました。
勉強と部活の両立、本人なりに努力しているようです。これも渋々の先生方のご指導のお陰だと思っております。渋々の先生方は本当に上手にアドバイスして下さいますね。有り難く思っております。
自由な校風が子供達の自立を育て、『自調自考』が身に付きますようにこれからも宜しくお願い致します。
(余談ですが、我が子は男子なので受験をする際に校庭がないことやプールがないことで少し悩みました。入学してびっくり、登戸にグランドがありサッカーや野球はそちらで思う存分出来ますし、夏休み泳ぎたい子は渋幕のプールも利用可との事。我が家は運動大好きなので本当によかったです。)
投稿: 渋々在校生母 | 2012年7月22日 (日) 08時44分
渋渋在校生母さまへ
「イジメ」は起こる、あり得ると思って日々子供たちに接しています。
小さな芽のうちに刈り取る努力が必要だと思います。完璧な指導がないだけに気配り・目配りを大事に考えていきます。
ついでに学校の宣伝まで有難うございました。
今、金鷲旗という柔道の試合で福岡におります。
結果はブログで。
投稿: 佐藤康 | 2012年7月22日 (日) 20時30分
ウサギ跳び一キロは甘いよ。私はウサギ跳びでマラソンやらせましたよ。イジメしごきましたが(笑)
投稿: 亜子 | 2013年1月22日 (火) 02時32分