« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月

2014年5月17日 (土)

3Dの仲間たち

 前回の流れから「私のストレス解消法」のひとつだけ伝授!

 私には3Dという仲間がいる(私の妻が命名)。

 私を含めたデブ3人である。「3D」だ。

 仕事は皆それぞれ違う。

 一人は海外向けの不動産屋Eさんと歌手(元力士)Tさん、そして私の3人。

 3人の体重のトータルは300キロ。

 私が80キロ・Eさんが100キロ・Tさんが120キロだ。

 ここ1年ぐらいで急激に仲良しになってしまった。

 3人の共通項はデブ・美食家・食べっぷりが美しい(何も残っていない)・カラオケ・メールの返信が早い・愉快・痩せているときの写真をいつも持っている・その他いっぱいある。

 ストレス解消に結びつくのは、「食べっぷり」と「カラオケ」だろうか?

 先週は3回も夜の時間を食事とカラオケで一緒に過ごした(泊まったという意味ではない、誤解の無いように)。

 彼らと過ごしていると実に楽しいし、食事も美味しく感じてしまう。

 気持ちよく食べきってくれる。妻に言わせると、「とにかく食べるスピードだけは押さえてほしい」とのこと。

 我々に言わせると「だからデブ!」

 デブは明るいヤツが多いのかも。

 3人の中では私が体重が軽いのでデブであることを忘れさせてくれるし、そしていっぱい食べても太らないような気持ちにもさせてくれる。

 もう一つ、彼らは歌が上手い。ハモリもできる。「あずさ2号」は圧巻!

 私は演歌専門。確かに歌うとスッキリする。

 最近、仲間が増殖している。

 取り敢えず、一人仲間として認定したが、その彼は「イケメンでスリム」。

 チーム名、本日現在「3DプラスY」に変更した。

 Yは「やせ」のY。

| | コメント (8) | トラックバック (0)

2014年5月15日 (木)

教師という職業

 先週、福岡で小学校校長が覚醒剤使用で逮捕された。

 年齢は確か57歳、私と同じ。

 逮捕後の第一声に驚いた方も多かったのではと思う。

 それはなんと「妻に申し訳ない!」だった、そうでなく「子どもたちに申し訳ない!」だろ!

 ここからは私個人の憶測だが、すでに奥さんには「バレていたのだろう!」、そして何度も止めるように言われていたのだろう。まるで母親が息子に諭すように。

 そして、奥さんのことが余程恐かったのだろう。

 

 それにしても「許せない行為。」である。

 教師の犯罪は特にマスコミでは大きく取り上げられる。

 当然のことであるが公務員の犯罪も大きく取り上げられる。そのためかあまりにも多すぎる感覚にも捕らわれてしまう。

 教師の場合、地方公務員プラス教師というイメージがあるので尚更である。私立の教師も勿論同じイメージである。

 本当に責任のある色々な意味で大変な仕事だと改めて実感している。

 私は、教師であることの意識を多分他の教師の方より強く抱いているような気がする。

 それは一度教師を辞めているからだと思ってる。

 教師からお寿司屋さんへ転職した時に「疲れ方が変わった。」

 教師時代の「疲れ」は寝ても取れないものが多かった。というより眠れない「悩み」があったのかも知れない。

 寿司屋時代の「疲れ」は寝れば解消されることがほとんどであった。

 しかし、今現在人生二度目の教師生活をしているわけだが、生徒とその親御さんたちと共に悩むことを知ってからは少しゆとりが持てるようになったと感じている。

 私なりの「ストレス解消法」もある。(絶対におしえないけど)

 今回の事件の場合、庇うつもりは全くないが間違った「ストレス解消法」を見つけてしまったのだろう。

 猛省し、教師に戻ることはないだろうが人生をやり直してほしい。

 この類の事件が起きてかならず言われるのが、「いい先生だったのに」・「明るい先生だったのに」・「優しい先生だったのに」である。

 「やっぱり、そうだったか!」は少ないように思う。

 私も気を引き締めたいと思う。

 

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2014年5月 2日 (金)

スマホの功罪

 私は「ガラ携派」、「ガラクタ携帯」の意味と勝手に思い込んでいた。

 ところがそれは間違い!

 なんと「ガラパゴス携帯」の略称だった。

 「進化から取り残された携帯」という意味らしい。

 「携帯電話」の進化が止まらない。当然、私はその進化についていけない。

 一応、アイホンは持っているがせいぜいパソコンの代用品感覚しかない。

 それでもまだ、生徒や若い人たちと関わりあるので、フェイスブック・ツイッター・ラインがどんなものかは何となく知っている。

 ただ、正直やり方が分からないし、今後も使わずに生きていければ「私自身の携帯電話進化」はあり得ないだろう。

 でも必要に迫られれば考えようとも思ってる。と言っても今は無しだなあ!

 

 携帯電話の出現により、まず「生き方」・「遊び方」・「人との付き合い方」が変わった。

 電話そのものの「文化」も変えたように思う。「メール」の存在が大きい。

 私が中学生の頃、好きな女の子の家に電話する事などは、ある種、命がけだった。なぜか、相手のお父さんが出ないことを祈りながら電話した記憶がある。

 運悪く、お父さんが出たときには「間違えました」と言って電話を切った(バレバレだったのだが)。今更だが自分自身を「何と、かわいい奴」だと思ってしまう。

 そのお父さんのせいで恋も成就しなったこともシバシバ。

 それに比して今は携帯電話を大人も子どもも一人1台、いや2台ぐらい平気で持っている。いつでも、何時間でもOKなのである。

 プロポーズもカミングアウトもガラ携帯やスマホで済ますヤツもいる。

 断られた時のショックが少ないためらしい。

 でも私佐藤としては「直接アタック」でないから、「フラれるのだ」と言いたい。

 

 そう言いながらもやっぱり便利であることに違いない。

 携帯を使うようになってから私の仕事上でも「無駄」が少なくなった。

 ただ、電話は今実際に一緒にいる人たちの間に割り込むし、気がつくと電話の方を優先させてしまう自分がいる。

 冷静に考えると一緒にいる人に失礼な行為であると思う。

 やむを得ない場合は一緒にいる人に「電話に出てもいい?」ぐらいの配慮は必要であろう。私も気をつけたい。

 今、「ライン」での問題が子どもだけではなく、大人の社会でも問題となっている。

 色々な機能の進化が「イジメ」の問題に結びついている。

 まずは「仲間はずれ」にする。それから既読か否か判断できるために、特に相手の状況が把握できない場合、余計な誤解を招いてしまったりする。

 まさに「スマホの功罪」である。

 「スマホの功」のみ進化すればいいと思うが、それはスマホを使う人間の努力が「必要不可欠であること」をあらためて確認しておきたい。

 実に素晴らしい時代なのだから。

 私にしてみれば、「メール」が切手も貼らずに世界のどこにでも届くことが不思議であり感動である。

 先日、渋谷の街中で「今からメールを送るよ!」と電話で話しているおじさんを発見!

 理由は無いが「嬉しかった!」

 

 

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »