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2014年6月

2014年6月27日 (金)

オンライン学校説明会

 昨日、日能研さん主催のオンライン学校説明会に参加した。

 午前中は学校内で四谷大塚さんの説明会を行い、ダッシュで神田錦町のスタジオへ。

 遅れたら大変と思い、やや緊張しながらスタジオへ向かった。クルマでの移動だが意外にスムーズだった。

 この企画は、私の記憶ではスタートして3年目だったと思う。

 簡単に説明すると海外にいながらでも自宅のパソコンを使って学校説明会に参加するようなもの。

 我々(学校)の説明を聞きながら、チャット機能を使ってリアルタイムに個別質問をすることも可能。

 勿論、帰国生以外でも学校選びの参考になると思う。

 渋渋は13時から約40分間説明し、約10分間は質疑応答。というより私の右側のモニターに文字表示で質問が出てくる。その質問にカメラに向かって答えるスタイル。

 実に素晴らしいシステムだと思う。

 ただし難点は、私の洗練されたギャグ(笑)を連発してもそれぞれの反応が分からず、一方的話している自分が若干怖くなることぐらい。

 ウケているのか、スベッているのか分からずに突っ走ることは少し苦痛かも。

 自分の中では十分にウケているのだが・・・

 昨日の私の説明を聞いてたくさん方から反応があることに期待したい。

 興味のある方は

 www.netty.ne.jp/onlineseminar/

 

 

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2014年6月21日 (土)

「我慢」?

 単なる考え方・捉え方の違いかも知れない。いや、もしかすると「屁理屈」かも。

 我々教師は生徒に対して、「我慢しなさい!」という言い方を日常的にしてしまう。

 親が子どもに対して、ごく自然に吐いてしまう言葉でもある。

 「我慢しなさい!」と「耐えなさい!」を比べた時、私は大きな違いを感じる。

 「我慢」はしない方がいいに決まってる(他人に迷惑掛けなければ)。我慢しなければ、確かに幸せ感が満タンだ。

 いや、待てよ、ひとつだけ「我慢しなさい!」を言っても良い場面があった。

 子どもが場所に関係なく「オシッコしたい!」と言った時だ!

 この場面では「我慢しなさい!」は正解。

 ただし、「トイレに到着するまでの少しの時間」限定の話だ。

 「ずっと我慢しなさい!」ではない。それは大人でもキツイ話。

 ごめんなさい!横道に逸れた。

 軌道修正し、なぜにこんな話をしたのか?

 「我慢」は「我慢」した後に、なんの成長を感じられない言葉のようにわたしには思えてしまう。つまり現状維持が最大。「我慢」によって得るものはほとんどないと思う。

 それに比べ「耐える」は、「耐えた」後に幸せが待っているように思えるのは私だけか?

 そして、「耐える」ということは「耐性」という言葉があるように、人が生きて行く上で必要な状態・状況・心の訓練でもあるのだ。

 今「耐える」ことで、未来が広がるイメージを持ってしまう。

 「我慢」したことで何か素晴らしいものが見えてくる感じが私にはない。

 「我慢」・「耐える」、確かに近い意味かも知れないが、お父さま・お母さま方には意識して使い分け、試して欲しい。

 「我慢しなさい!」ではなく、「耐えることが大切!」の言い方が一番いいかなあと思う。

 

 またも佐藤の「勝手な考え方」(念のため)!

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2014年6月12日 (木)

コミュニケーション欲

 最近、「食欲」・「睡眠欲」と同じ位置に限りなく近づいていると感じる「コミュニケーション欲」。

 一次的欲求、つまり「生きるための欲求」の中に「コミュニケーション欲」が含まれてもいいのではと考えるようになった。

 そんな名称の欲求があるかどうか知らないが、勝手な私の造語(あっても不思議でないが)。

 「コミュニケーション欲」が満たされなくても「死」に至るわけではない(そういう意味では二次的欲求の性欲等に近い)が、「会話」の時間が無いだけで、日に日に弱っていくご老人たちの姿を目の当たりにしたことがある。そう考えるとやはり「生きるための欲求」なのである。

 今日本は、私の父(85歳)を含め会話に飢えている年配者が多くなっている(今更の話でもあるが)。父の場合、私が実家に帰ると、できるだけ色々な人を家に呼び、人との関わりを求め楽しんでいる。それだけでも家に帰る意味があると思ってる。

 世の中は少子高齢化の影響もあるかと思うが、会話が無い、対話が無い、いわゆるコミュニケーションを取る機会が極端に減ってきているのである。

 「コミュニケーション欲」を「会話欲」・「対話欲」に置き換えてもいい。

 今私たち(年配者ではないと自覚している者)にできることは自分の身近にいる年配者に対する「思いやり」の心であると思う。年配者の欲求不満解消の中に「コミュニケーション欲」解消があることを知ってほしい。

 そして、その思いやりの行為(話し相手になってやる)が「命」を救っていると言っても過言ではないと思う。

 「老人ホーム」と「保育園」や「幼稚園」との交流の話は最近よく聞く。

 それを「小学校」や「中高校」との触れ合いの場面まで作れないか、考えてみたいと思ってる。

 これはあくまで個人の考えなので簡単には実現できないが、何か工夫・努力してみたい。

 

 私は年齢に関係なく、色々な仲間にカマってもらってる。生徒を含めると12歳から85歳あでと付き合っている。このカマってもらえる事が継続できるようにかわいいジイさんになりたいと思ってる。そして、中学生からは「若さ」をいっぱい吸い取っておきたいと思う。

 結果、「コミュニケーション欲」だけは常に解消していたい。

 その頃は「性欲」は解消でなく、消滅というのだろうか?

 まあ、それはどうでもいいかあ!

 会話・対話までいかなくても、話を聞いてあげるだけでもOKなのである。

 勿論、「ボケ予防」や「ボケの発症」を遅らせる手助けになるかも知れない。

 皆さーん、少し真剣に考えてみて!

 寂しくならないように今から準備しておこう!

 

 

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2014年6月 5日 (木)

説明会INニューヨーク

 先月23日(金)から28日(水)まで、デトロイト・ニュージャージー・ニューヨークの3カ所で帰国生対象の説明会に参加し、色々な受験生・保護者との出会いを楽しんできた。

 すべてが小学6年生ではない。編入試験を考えている中高生もかなり出席していた。勿論、小学校低学年のお子さんも。

 今回のような会には2年ぶりの参加である。日能研さんが主催するツアーであるが、参加するたびに新しい発見が有り、タイトなスケジュールを忘れさせてくれる。

 今回は事前にメールでニューヨークでお会いすることを約束し、実際にお会いすると妙な感動があったりして楽しく感じた。

 ただ、アメリカは遠い。

 私ぐらいのデブはエコノミーぎりぎりラインであり、足が吊らないように適度な屈伸を2時間に一度ぐらい入れる必要があった。しかしながら、今回は意外に快調で足が吊ることもなかった。屈伸が正解だったと思う。

 今回の説明会に参加した学校は首都圏から11校・京都から1校の計12校であった。

 

 まず、各校の説明を1校あたり約10分間、その後、興味のある学校ブースにて面談を実施する、というスタイルである。

 自慢だけど、渋渋ブースは時間いっぱいまで面談が入った。なかなか生の情報を聞くことは難しいので、皆さん方には本当に喜んでいただいた。私も感動だった。

 今後はメールのやりとりを約束したり、一時帰国の際の学校見学の対応(帰国入試受験の場合のみ)も約束した。

 海外に在留している家族は本当に仲が良いといつも感じる。家族が力を合わせ頑張っていることがよーく理解できる。

 日本のように安心安全な国は少なく、家族の団結力は大切なのである。

 そして、そんな雰囲気の中で育った子どもたちは、明るく・優しく・大らかでもある。

 日本での再会を楽しみにしたい。

 余談であるが、私がニューヨークに入って2日目にニューヨークメッツの松坂大輔投手が久々に1軍マウンドに立つという情報が入り、観戦する事ができた。しかも勝利投手となり、このこともニューヨーク説明会の成功と感じた理由のひとつだったかも知れない。

 帰りの便はちょっとしたトラブルも有り、15時間要することに。

 正直、最後は疲れた!

 翌日からは高校柔道関東大会のため、成田の中台運動公園体育館へ!

 「佐藤先生、頑張ってました。」誰も言ってくれなから、自分で言いました!

 

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