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2014年8月 7日 (木)

教え子の死

 昨年の9月にブログの中で紹介した江戸取時代の教え子が7月27日23時15分に逝った。

 46歳だった。

 彼は肺ガンを患い、約1年ほど前から抗ガン剤治療と放射線治療を受けてきた。

 3ヶ月ぐらい前に局所的な放射線治療の影響もあると思われるが、転移し、もろくなっていた背骨を骨折した。下半身不随となり、放射線治療を止めた。

 そして、自宅療養に切り替えた。

 自宅療養とは、良く言えば自力回復を望むことでもあるが、実際には穏やかに「死」を待つ意味でもあった。

 何度か足を運んだが、私がいつ見舞いに行っても明るく・穏やかに対応してくれた。

 本当に強い男である。「死」としっかり向き合っていた。

 多分、私にはできないと思う。

 彼が亡くなる1週間ほど前に見舞いに行った時のことである。

 別れ際に私が彼に近づくと抱きついてきた。力強い握手も求めてきた。

 私も彼も実はシャイな男だが、できるだけ彼の思い通りに身をまかせた。

 二人で泣いた!

 ああ、最後なんだなと直感できてしまった。彼も同じだったと思う。

 でも、私が立ち去ろうとした時は彼は満面の笑顔だった。

 

 その後、私が福岡に行っている時に奥さまから危篤の連絡が入った。

 翌日、福岡から戻り、彼の自宅に駆けつけた。

 彼は踏ん張っていてくれた。

 「はち(彼の愛称)、佐藤だけど分かるかと?」というと何と3度も頷いてくれた。

 苦しそうな顔と頑張っている顔が交互にやってきた。

 なぜか涙は出てこなかった。会話はできなかったが、「はちの想い」が私の心の中にドバーッと入り込んできた。

 彼のお子たちは小3と小1。

 私がお子たちの成長を見届ける役割ができたと勝手に思った。

 その2日後、私の携帯がやかましいぐらいに鳴った。

 私の携帯表示には「はち」からの電話。でも声の主は奥さま。

 はちからの最後のプレゼントのようにも思えた。

 周りの者・物へ、たくさんの愛情を注ぎ、駆け足で生き抜いた人生!

 教え子ながら、私が彼から学んだことは多かった。

 「はち、本当にありがとう!」

 「はち」は死んだのではない。生まれる前に戻っただけなのだ。そう思うことにする。

 でも、はちの握った寿司が食えなくなることも淋しい。

 

 

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コメント

ご冥福をお祈りいたします。
こんなにもこの人は強い人だったのか!と驚かされる人も、死を意識してから感じさせてくれる方もおられますね。
これからも、ずっと心の中で生きておられますよう。。。

投稿: 在校生の父 | 2014年8月 8日 (金) 12時02分

在校生の父さまへ

 彼の死は、私自身のこれからの生き方をしっかり考えるように指導を受けた感じです。

 悲しいですが、前を向いてしっかり生きていきたいと思ってます。

 有難うございました。

投稿: 佐藤康 | 2014年8月10日 (日) 00時16分

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