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2015年7月

2015年7月27日 (月)

ああ 甲子園!

 私は一生柔道をやってきているかのような振る舞いをしているが、実はそうではない。

 本当は野球小僧。小3から野球を始め、高1まで野球漬けの毎日だった。他のスポーツには見向きもしない子どもであった。柔道への転向は高2の時である。この話はまた後日。

 4月に佐久長聖の校長に就任し、色々な方々に支えていただきながら、4ヶ月が過ぎた。

 今年は高校野球の当番校ということで、高野連東進地区の副支部長。いきなりの大役。

 お陰さまで上田球場に張り付いての野球観戦の日々も体験することに。正直なところ、学校での校長業務に徹した意気持ちがあったが、球場張り付きが新しい人間関係を作り出してくれたことには感謝している。その点は有意義であったし、本来野球が好きなので楽しむこともできた。

 さて、甲子園大会の長野予選についてであるが、本校は春季北信越大会において優勝している関係で第1シード。

 つまり2回戦からの出場となった。甲子園出場と甲子園大会優勝を期待しながらの予選スタートであった。阿南・松本蟻崎・上田染谷丘・長野日大・準決勝の小諸商業どの試合も容易いものはなかった。

 しかしながら、粘りと努力で決勝戦まで勝ちあがった。決勝の相手は同じ東進地区の上田西校。ライバルでもあり、交流戦等の関係もあり、少し戦いづらいものがあったかも知れない。

 観る者にとってはこれほどまでに素晴らしい試合展開はなかった。

 結果は2対1のサヨナラ負けであった。

 身内にしてみれば、これほど過酷な試合はないかも知れない。たった一回の試合で天国と地獄ほどの結果が待っているのである。しかも接戦で延長、そしてサヨナラ負け!

 その瞬間にあれほどまでに夢見ていた甲子園出場が「無し」になるのである。サヨナラ負けが決まった瞬間、野手の半分がその場から立ち上がることができなかった。

 確かに準優勝は素晴らしい結果である。選手のことを精一杯褒めてあげたい。しかし、準優勝には準優勝盾は付いてるが、甲子園は付いていない。神宮も付いていないのだ。

 私が掲げた「ワクワク感・ドキドキ感」は十分に体感できたが、「ハラハラ感」まで発生するとは思わなかった。

 私は決勝戦終了後、松本球場から早々に佐久へ戻ってきた。準優勝祝いの準備〔選手たちを迎え入れるため〕をするためにダッシュで学校に帰ってきたのだ。辛い帰り道だった。

 選手たちにはどんな言葉が相応しいか色々考えながら帰ってきた。

 結局、私が選んだ言葉は「今日は泣け!」だった。

 もちろん選手たちにとっては「甲子園出場できたからこそ歩める人生、今はそれが良いと思うだろうが、10年・20年後には甲子園に行けなかったからこそ、こんな素晴らしい今があると言えるように努力工夫してほしい。」と伝えた。

 理解してもらえたどうか微妙だが、どうしても前を向いてほしいから。

 私も今回多くのことを学んだ。応援体制の大切さ、寄付金、夏休みの使い方、受験組高3生の扱い等々。

 佐久長聖が目指す、「東大・京大・甲子園!」をしっかり継承できるよう今後も創意工夫をしていきたい!

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