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2020年10月

2020年10月 2日 (金)

佐久長聖日記復活しまーす!

 3年9か月ぶりにブログを更新します。


ちょっとサボり過ぎたと反省!何を書けばいいのか悩むところだが、時間の経過のおかげでネタは結構溜ってる。


 と言いながらまずはやはり「新型コロナ」「COVID-19」を語らないわけにはいかない。私は正直なところ、「新型コロナ」という呼び方より「COVIT-19」の呼び方の方が通称になるのかと思っていた。結果、「コロナ」で収まってしまった。解り易く、呼び易いところに落ち着いたのだろう。


 さて、そのニックキ「コロナ」についてだが、「手に負えない」・「目に見えない恐怖」の状況から、やや回復の兆しが見えてきたように感じる。勿論、油断・安心できる状況でないが、以前の生活に向けて「可能性」が見えてきた感じだろうか?


 実は学校は毎日毎日大変でした(勿論、学校だけではないが)。


 「コロナ」流行直後はオンラインで授業行っていたが、やはり教師側にも生徒側にも何か物足りなさを感じてた。その後、授業復活のタイミング、行事の見直し、そして中止や実施の決断、どちらに決めても賛否はある。しかも強烈な賛否である。そのことには心痛むこともしばしばあった。いかに強い私もかなりのダメージを受けたりした。そんな時は小泉元首相がよく言ってた「鈍感力」を発揮すれば、難局を乗り越えられるという言葉を思い出し、踏ん張ってきた。特に本校の場合、全国から多くの寮生を抱えており、心配の種は尽きなかった。


 10月に入り、月も変わり(きっとツキも変わる)ことを信じ、穏やかであるが力強く歩みを進めていきたいと今思ってる。


 


 このブログを中断している間の2017年12月に父が亡くなった。88歳だった。その年、12月24日に本校の駅伝部が「都大路」を制し、その二日後の26日に私が仙台に帰省した。24日、本校優勝の様子をテレビで観てかなり感動していたようだった。実家に到着後、父と2時間ぐらい会話をした。元々、肝臓がんの診断を受けており、そう長くはないと父自身も感じていた。そんな状況でもあり、少し横になりたいということでベッドに入り、間もなくしたら様子が一変し、救急車を呼ぶぐらいの状態となってしまった。そして、病院に運ばれ3時間後には亡くなってしまった。普通は年2回ぐらいしか、会うことができないのにその会った日に逝ってしまうとは、驚きでしかなかった!


 普段、父は母が亡くなってからは一人暮らしをしており、体調を崩してからはたまに父の妹で私の叔母が面倒をみてくれていた。父が私の帰りを楽しみに待っていたようだよ。と叔母に言われ、嬉しくも悲しくも思ったことが、つい昨日のように思い出される。


 学校の話としては、女子サッカー部が長野県で、公約通り優勝を果たし明日・明後日と石川県で北信越大会に出場する。3位までに入れれば初の全国大会出場となる。野球部も秋季大会において優勝し、来週からの北信越大会出場が決定している。その北信越大会で決勝まで行ければ、春の甲子園選抜大会出場が見えてくる。


 徐々にですが、近況や気になる話を書いていきたいと思ってる。


 宜しくお願いします!

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